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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1610号 判決

控訴人 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 中村喜三郎

被控訴人 土屋信幸

右訴訟代理人弁護士 御宿和男

同 廣瀬清久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一三七六万四九二〇円及びこれに対する昭和五一年一〇月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決三枚目裏一行目に「五〇パーセント以上」とあるのを「五〇パーセント」と改め、四枚目表一行目の「翌日」の次に「である昭和五一年一〇月二一日」を加え、同六行目の文言中「、原告がその主張どおりの傷害を受け」の文言を削り、同裏一行目に「殆んど」とあるのを「殆ど」と、同七行目に「孤」とあるのを「弧」とそれぞれ改め、六枚目表三行目の「一ないし三」の次に「、第四号証の一ないし三」を加える。)から、これを引用する。

理由

一  昭和四八年九月二二日午前二時ころ、静岡県田方郡戸田村戸田一四四五番地先道路上において、被控訴人運転の自動車(以下「加害車」という。)が控訴人に衝突したことは、当事者間に争いがない。

まず、事故の態様について検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件事故の発生場所は、前記戸田村戸田一四四五番地先の県道修善寺戸田線上であり、右県道は、東西に通ずるアスファルト舗装道路であるが、右事故現場付近においては、道路の南側にガードレールが設置され、ガードレールと平行に、ガードレールから道路中央に向かい一・〇メートルの幅員をもって白色ペイントによる路側帯の表示がなされていたほか、道路の北側にも〇・七メートルの幅員を有する路側帯の表示がなされていて、右南北両側の路側帯間の道路幅員は六・〇メートルであり、その中央部分にセンターラインが表示されていた。

また、右事故現場の東方一一ないし一二メートルの地点には、幅員三・八五メートル、非舗装の村道が右県道に南方から丁字型に交差する交差点があり、右村道は県道よりわずかに低い位置にあったので、自動車の運転者が村道から県道に出て左折する場合には、ガードレールが視界を遮る状況になるため、ガードレールの影に隠れる人物・物体等は運転者から見え難い状況になっていた。

なお、右交差点の南東隅に接し、県道の南側、村道の東側に接してガソリンスタンドが所在し、その交差点に近接する部分はコンクリートの敷地状となっていて、右敷地等を照射する照明灯が設置されていた。

2  被控訴人は、本件事故発生時の直前、車長三・六九メートル、車幅一・四九メートル、車高一・三一メートルの普通乗用車(加害車)に友人二名を乗せてこれを運転し、右村道を北進して右県道との信号機の設置されていない交差点に至り、左右から自動車が走って来ていないことを確認して県道に進入し、ハンドルを左に切って県道を西進し、ハンドルを元に戻した時、交差点から一一ないし一二メートル西進した地点において、加害車の左前輪をもって、その場に横臥していた控訴人の腰部、背部、大腿部等を轢過した。

3  本件事故発生時には霧雨が降っていたうえ、前記ガソリンスタンドの照明灯は前記交差点の西方まで照射するものでなかったため、事故発生場所付近は暗かった。また、加害車を運転中の被控訴人は、午前二時という時刻から見て、県道上に歩行者があることや県道上に横臥している者があること等については全く考え及ばず、控訴人を轢過した際、加害車になにものかを乗り越えた衝撃を受けて、直ちに下車し、これを確かめて初めて控訴人がその場に居たものであることを認識した。しかし、控訴人が轢過された地点は、道路南側のガードレールから道路中央に向かい二・一ないし二・二メートルの地点であったのであるから、加害車の前照灯の照射方向、照射範囲及び加害車の速度(被控訴人は、当時の速度を認識していないと供述しているのであるが、諸般の情況から見て時速一五ないし二〇キロメートルであったものと推測することができる。)等に照らせば、被控訴人は、県道に進入して西進するに至った後において、県道上に横臥していた控訴人を視認することができる位置・状況にあったものである。

4  控訴人は、本件事故当時、前記戸田村所在のバー「アムール」にホステスとして勤務していた者であるところ、事故発生の日の前日午後一一時ころまで右アムールの客を相手に飲酒した後、付近の喫茶店において飲酒を重ね、事故発生の日の午前二時ころ、県道上の前記轢過位置に横臥していたのであり、控訴人は、その際黒色の衣服を着ていたので、暗い場所では同人を見分け難い状況にあった。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

二  しかして、前記認定事実によれば、本件事故の発生については、被控訴人において前方注視義務を怠った過失があったものというべきであり、控訴人においても、暗夜黒い衣服を身に着けて自動車の交通に供されるべき県道上の車両通行帯に横臥し、自分自身を危険な状況のもとに置いた点において、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を怠った過失があったものというべきである。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本件事故によって被った損害を賠償すべき義務があるものであり、また、前記認定の事故の態様に照らせば、右両名の過失の程度は、被控訴人において三、控訴人において七の割合によるものと見るのが相当である。

三  そこで、損害額について検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人は、本件事故により第三、四、五腰椎圧迫骨折、左背部挫創、右大腿後面挫創等の傷害を受け、昭和四八年九月二二日、静岡県田方郡伊豆長岡町所在の順天堂大学医学部附属順天堂伊豆長岡病院に入院して治療を受けるようになったが、その治療のため昭和四九年五月四日まで二二五日間入院した。

また、控訴人は、左膝内側々副靱帯、前十字靱帯損傷を治療するため手術を受けていたが、昭和五〇年二月七日、東京都文京区所在の順天堂大学医学部附属順天堂医院に入院して、右手術後のスクリュー抜去術を受け、その治療のため約一週間入院した。

(二)  控訴人は、昭和二二年三月一三日生まれの女子で、本件事故当時前記戸田村でホステスをしていたが、前記順天堂伊豆長岡病院を退院した後は、肩書住所地の姉訴外乙山秋子方に身を寄せ、同人に生活の面倒を見てもらっている。

また、控訴人は、後遺障害を伴い、現在も正座することが不可能であり、歩行に際しては左足を引きずるような状態であって、雨の降る前には前記受傷部位に疼痛を感じている。そして、右受傷部位に当たる左腰部、左背部(左肩胛骨部付近)、右大腿部、左膝部付近には、いずれも手術後のはん痕が比較的広範囲にわたって鮮明に残っている。

2  前記のとおり控訴人は、事故当時二六歳で、バーのホステスをしていた者であるところ、控訴人は、本件尋問において、「勤めていたバーでは、最低保証給として年間一五〇万円ないし一七〇万円の収入を得ていた。」旨供述している。

しかし、控訴人は、本件訴訟において控訴人の右供述を裏付けるに足りる証拠を提出しない。また、賃金センサス昭和四八年第一巻第二表によれば、企業規模計・女子労働者・学歴計の場合において、その年間収入額は八七万一八〇〇円であることを認めることができるところ、右賃金センサスに基づく年間収入額と対比すれば、ホステスとしての稼働状況の特殊性を考慮に入れても、控訴人の右供述はたやすく信用することができないものというほかなく、他に控訴人のホステスとしての収入額を的確に認定し得る資料は存在しない。

したがって、控訴人のホステスとしての年間収入額が一五〇万円を下らないとして、事故発生時から本訴提起時までの三年間の休業損害の賠償及びその後の一五年間の逸失利益の賠償を求めるという控訴人の主張は、その前提を欠くこととなり、いずれも失当であるというほかない。

3  そして、前記認定の本件事故による控訴人の受傷の部位・程度、後遺障害の程度、過失の割合その他諸般の事情を考慮すれば、控訴人の被った精神的苦痛を慰藉すべきものとして、控訴人は、被控訴人に対し、一五〇万円を請求することができるものと認めるのが相当である。

四  ところで、被控訴人が控訴人に対し、既に損害の填補として、治療費二〇九万五二五〇円、看護料五三万八四九三円、見舞金四七万円、宿泊料一万円、コルセット代一万三三〇〇円の合計三一二万七〇四三円を支払ったことは、当事者間に争いがないものであるところ、前記認定の控訴人の過失の程度を考慮すれば、控訴人が被控訴人に対し、右治療費等として請求し得る額は、右填補額の三割に当たる九三万八一一三円(円未満四捨五入)と定めるのが相当であるから、被控訴人は、控訴人に対し、既払の右填補額から右賠償責任額を差し引いた二一八万八九三〇円を過剰に支払っていたものというべきである。

そうすると、本件事故により控訴人が被控訴人に対して賠償を請求し得べき前記慰藉料一五〇万円は、被控訴人の右過剰支払額によってその全額が既に填補されたものというべきであり、控訴人においては、もはや被控訴人に対し損害賠償請求権を有しないものというべきである。

五  したがって、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 杉田洋一 判事 加藤一隆 判事長久保武は差し支えのため署名捺印をすることができない。裁判長判事 杉田洋一)

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